歴史
絵鞆小学校は1892年(明治25年)、アイヌ民族の押杵帯九郎(オビシテクル)氏が現在の室蘭市絵鞆町1丁目にあった自宅を使って「常盤学校分校」を開校したのが始まりです。(参照:アイヌ民族文化研究センター)
その後、現在の室蘭市祝津町に移転しましたが、校名は「絵鞆小学校」のままにしました。
円形校舎建設
児童数はその後増え続け、1960年(昭和35年)には1,600名を超えました。
これに対応するため、2棟の円形校舎が建設されました。
これらの2棟は全国で100以上の円形校舎を手がけた坂本鹿名夫氏によって設計されました。
・1958年(昭和33年)教室棟
・1960年(昭和35年)体育館棟
閉校、そして体育館棟は解体に…
しかしその後児童数は減少を続け、2015年(平成27年)3月31日に122年の歴史に幕を閉じ閉校。
その後、室蘭市の方針として円形校舎2棟のうち「教室棟」は保存されることになりました。(2014年7月29日 室蘭民報記事)
しかし耐震性に問題のある「体育館棟」は解体されることになり、2019年9月には解体費も議会で可決されました。(2019年8月31日室蘭民報記事)
保存活動
旧絵鞆小学校の大きな価値は2棟が1対になっていることです。
(2棟が1対になって現存しているのは全国でも絵鞆小と小樽の旧石山中のみ)
2棟ともの存続を願い、市民団体の署名活動などの保存活動が行われました。
2019年11月には旧絵鞆小活用プロジェクトのクラウドファンディングにより1千万円以上の支援が集まりました。(2019年11月1日室蘭民報記事)
室蘭市は解体を撤回し、2020年1月に(一社)むろらん100年建造物保存活用会への売却が決まりました。
補修工事、そして一般公開へ
2021年には体育館棟の屋根などの補修工事が行われました。
そして、2022年4月に教室棟1階での縄文時代の展示とともに、2棟の一般公開が始まりました。